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HAM & BCL 同時復活 | あの頃のラジオ少年が30数年ぶりに…

第252回-そういえばロシア電鍵はどうなった?

1200MHzと一陸特の話をする前、10カ月以上前に一回だけ「ロシア製の屋外用縦振れ電鍵」購入について書きました。これですね。

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しかしそのあと続報がない。アレはどうなったかというと…。

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実は裏側がこうなっていて、追加加工をしないと無線機に繋げられないんですね。さて、どうしたものか…。

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そこでこんなものを買ってみました。ロシアの紙に包まれてはいますがそれは撮影用で、マルツオンラインで買ったマル信無線電機製の3.5mmモノラルボックスジャック【MJ-352】です。140円。安い。

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電鍵後部のスカート状になっている部分にドリルで穴を開けてハメ込んでみました。箱の部分はプラスチックですが、スカート部分はエボナイトか何か、強靱な別材料です。
ミニプラグの勘合がうまく行っているか、テスターで確認。いまだにサンワのアナログマルチ。往年の名機CP-7D。針しか実感湧かなくて…。

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配線完了!ハンダ付け部分はイモハンダ隠しと保護のために熱収縮チューブでカバー。ナンカ、イイ感じです。ちなみに電鍵側のナットと電極はロックペイントで固められています。ロシアのお友だち、妙なところにチカラ入ってる?!

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本体背面はこんな感じ。ミリ単位のかなりきわどいスペーシングなんですが、どうにか落ち着きました。

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こうやって使います!やった!これで屋外でもCWが出来る!

細かく言うとスカート部分の厚みが二段階になっていて、丁度上半分をジャック穴以上に固定用の丸ナット径でサグリを入れなければいけないとか、エボナイト加工でかなり苦戦しましたが、まぁ、なんとなく、見た目OK!

これで817+GAWANTでCWに出られます。ハムフェア会場での現地QSO、記念局がCWで出ていても大丈夫!

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第251回-1200MHzは燃えているか?

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先週のFDコンテストは地元のお祭りや四歳娘のピアノのレッスンと重なり「覗き見参加」でした。
とはいえ、終了間際の5日(日)1130に1200FMでCQを出したところなんとパイルに?! 立て続けに十数局お呼び頂き、中には1200初の山梨県も。その盛り上がりにちょっと驚きました。

その前週、ツイッターで話題になったのが「1200の現状」。私がQRVし始めたここ3、4年の間でも明らかに変化している、明らかに活発になっている気がするんですよ。
そして当局、1200のJCC(wkd74/cfm61)ばかり気にしていて、QSO/QSL数を数えていなかった(苦笑)。ツイッターである局から「***局賞が獲れるのでは?」と言われて「そういえば!」と気がつきました。ボケてますね~。

というわけでQRVを開始した2015年3月7日から直近の2018年8月5日までのQSO状況をまとめてみました。

・総QSO数 : 570
・ユニークコールサイン数 : 291局
・うちcfm済み : 196局


便利だなハムログ(笑)。モードMix、FM、CW、SSBでDJ-G7でやった移動も含んでいます。でもほとんどは上の写真の固定局から。
結構やっていますね。私はあまり430に熱心ではないので既に430のQSO数(377-Q)を超えてしまっています。430より1200が多い?!
でも惜しいですネ! あと4局で「1200MHz-Mix200」でした。モード別ではどうなんだろう??

・総QSO数 FM/CW/SSB : 456/111/3
・ユニークコールサイン数 : 243/66/3局
・うちcfm済み : 163/44/2局


ううむ。FM特記で100は超えているけど、Mix200で申請するか、FM200まで頑張るか、いや、CWで100局ってのもソレナリにご立派なような…微妙なところだなぁ。達成感の高い「ユニークコールでMix300局」で申請するかなぁ…。

ともあれ、「1200なんて出てる人いるの?!」というみなさま、東京都内のマンションのベランダに10エレループをチョコっと付けて、ノンプリ10W、ヤフオク27.5k円のリグで、3年間黙々と出続けてこんな状況です。DJ-G7でちょっとだけ移動もしましたが。

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「ユニークコールサイン数」が重要ですよね。そうか、関東近郊で300局くらいは出ているのか。ウチのロケ&設備でこれなので、実際は500局以上出ているのでは? そんなことを思わせる集計結果でありました。

(個人的にはJA1OTP局の6D移動で165-Qのインパクトが強くて…FM1Wでそこまで出来る!楽しいぞ、1200!)

久々の1200オールモード固定機、IC-9700は今年12月発売らしいですね。それでまた一層増えるかもしれません。楽しみ!

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第250回-【昼休み緊急UP再び!】KH1/KH7Zモビホで80mC

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ベランダモビホに50Wで攻めるBaker IslandペディションKH1/KH7Zシリーズ、2日(月)の40mC、17mCに続き、「木曜撤収」直前の4日(水)夜、なんと80mCでも繋がってしましました。

4日は夜2100頃まで埼玉の工場で出荷検査や最終調整をやって疲労困憊。品川の自宅に帰ったのは2300頃で、寝室に直行…したのですが、なぜか80mCが気になった。
眠い目をこすりながらシャックに入ると、え?これがそう?!モビホなのになんとピークで599。丁度北海道あたりの国内局の感じです。アンテナはコメットのHR3.5でマンション4階のベランダ設置。こんな感じです。

ごくまれにノイズに埋もれることもありましたがおおむね569-599の間を行き来しており、かなりの安定っぷり。2330頃から呼び続け5日(木)0026にQSO!もちろん「QSOするぞ!」というつもりでコールしていましたが、いざ繋がるとかなりビックリで-

1.大きなDPやパワーがないと飛ばないと言われる80mでもベランダモビホに50Wで海外DXが出来るのか?!

2.80mC、過去の海外QSOは唯一グアムだけで距離は2500km。今回は倍以上の5964km!

3.さすがに物凄いパイル。ハイパワー局が多くフルスケールも頻繁に。そんな状況でどう聴こえて、どうやって拾ってくれたのか??…これが一番フシギです。

4.しかしこれが「抜ける」ならば、今後コツコツやれば80mCでもエンティティを稼ぐことが出来るのではナイカ?(取らぬ狸の…)


-等々、考えることしきりでありました。うーむ、これからは3.5、7と1200で行くか?!

最新情報によれば現地時間の5日(木)明け方、日本時間の木曜2100前後には完全QRTとのこと。今晩もうワンチャンスあるのか?気になるところです。私はCW 3-Qでおなかいっぱい。80mなんて「ボーナス」まで頂いて…。

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第249回-【昼休み緊急UP!】KH1/KH7Z 弱小局でもこうして出来た!

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先週末からのBaker IslandペディションKH1/KH7Z、「木曜の午後~夕刻頃にQRTし、金曜日は撤収作業をして、金曜夜には離島」(JJ2VLY局によるQSP)というスケジュールだそうで、残すところあと2日となってしまいました。

今回のペディション-

・10、14MHzが安定的に入感している。
・FT8にも意欲的。そこそこ繋がる。
・SSN=0のいま、24、28MHzはナカナカ厳しい。
・1.8、3.5MHzも聴こえているようだが、さすがにパワーがないと…。

-等々、ベランダモビホで三級50W、しかもFT8もやっていないというアパマンオヤジハムの当局にはかなり厳しい展開。FT8の比率を見ると、離島ペディも新時代だなぁと…。

しかし!日曜夜から月曜朝にかけて、上記の通り2-Qして合格!さすがにSSBはヨワヨワで話しにならず、どちらもCWでありました。
リグは今やディスコンの八重洲FT-897DM。アンテナは7MHzがコメットのHR7、18MHzはダイヤモンドのHF16CL、4階ベランダで10mHighです。ハイこちら↓。

HF15CL_550-2.jpg

土曜、日曜の日中に21MHzなどを聴いていましたが、信号は弱いわパイルはスゴイわで、まぁ、全く歯が立たない。そこで少々作戦を講じて-

・実は場所的には遠くない。西・東・中央キリバス等OCを沢山cfmしている東京湾岸の当局からすれば深夜の7MHzでイケルのでは?(コンテスト時のハワイなんて59++で入って来るし)。
・とはいえ00JST前後の早い時間はJAも起きているし、Wは朝のグレーライン。03~04JST台が穴場か?
・モードはCWでやるしかない。選択の余地ナシ。
・14MHzが非常に良好。三級なので出られないが18MHzも似た状況では?

-以上「苦肉の消去法」に基づきまして、まず7MHzは2日の0438JSTに、18MHzは出勤間際の同日0802JSTにQSOしました。2日は「10時の会議に直行」という幸運もありましたが(笑)。しかしどちらもQSBが強く…よく取ってくれたなぁ。素晴らしいOP氏に感謝しております(月曜朝10時に会議をセッティングしてくれたお取引先様にも大感謝!)。

月曜早朝04時台は「早起き」したわけでなく、実は喉が乾いて目が覚めて、台所→麦茶→ついでにトイレ→さらについでにシャック→7MHz CW→出てる!589くらいだ!→Call!→TU!というわけでした。この歳になると明け方に目が覚めたりしますが、ペディション実施中は「便利な機能」と言えるでしょう(笑)。目覚ましをかけると、他の家族まで起きて大騒ぎになるので…。

「あと2日しかないよ!どうしよう!」「アンテナもパワーも小さいしFT8もやってない!」というご同輩。明け方の40mCと出勤前の17mCが狙い目かと。クラスターを見てみると、ほぼ毎日、その時間&バンド&モードに出ているようです。GL!!

【2018/07/05 追記】
ラストナイトとなった5日(木)0026JSTに、なんと80mCも頂戴しました。全てCWで3-Q。しかしまさか、モビホ(コメットのHR3.5)で80mのKH1ペディを仕留めるとは?!めげないココロが大切デス。大満足のペディ参戦になりましたm(_ _)m。


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第248回-ハムショップ1978

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先日、ツイッターで「東急ハンズ藤沢店」の話で盛り上がりました。

今はネット通販がほとんどですが、かつては北海道から九州、沖縄まで、その土地ならではのハムショップがあり、「めちゃくちゃ懐かしい」、「入り浸っていた」という人も少なくないでしょう。かくいう私の思い出のハムショップは秋葉原の九十九無線5号店と東急ハンズ藤沢店のふたつです。

前者は私が開局する時に、HF+2mの無線機、アンテナ、周辺機器を一気に買い揃えた店なので。父親と二人で購入品のリストを事前に作成し、父親はレンタカーでライトバンまで借りて(車種は覚えていないが灰色だった)、逗子-秋葉原-逗子の往復のために日曜朝に6時起きして…。

TS-520VやTR-7500GR、3エレのHB9CV(タニグチ)やオスカーブロックのSWR計、エモテーター、ルーフタワー等々、今になって考えてみれば中学1年生の趣味に父親の月給数カ月分、ボーナス1回分くらい投資していて…感謝以外の何者でもないですが、父親は父親なりに一人息子の将来に対して何か思うところがあったのでしょう。まだ存命で先月も会いましたが、ちょっと恥ずかしくて聴けないなぁ…。

秋葉原の九十九無線5号店は平成の「ツクモ5号店」とは別の場所にありました。中央通りを末広町の方に行って、今の住友不動産秋葉原ビル、当時の日本通運本社ビルの裏。ストリートビューで見ましたが、たぶんカルチャーズZONEの向いのファミマがそうじゃないかなぁ?となりの潰れたアウトレットかなぁ。

この店には顔なじみの店員さんが居たので(名前さすがに失念)、その後もパーツを買いに行ったり、RJX-601をお年玉で買ったり。入って左側の奥に中古リグのコーナーがあって、そこを見るのが楽しみでした。

「それも大昔の話…」と思っていましたが、ツクモは意外にも2007年までアマチュア無線機器を取り扱っていたんですね。民事再生が2008年なので直前まで創業の起源だったハムは捨てなかったということか。ううむ…。

そしてもうひとつが東急ハンズ藤沢店。「ハンズがハム」というと今の人はびっくりするかもしれませんが、昭和50年代の東急ハンズは立派なハムショップでもあり、藤沢店には逗子から中学生数名(=数局)で自転車を連ねて行っていました。風の強い湘南道路を、40分くらいかかったかなぁ。

ネットを探っていたところ「開店当時の東急ハンズ藤沢店」という写真を発見(上に掲載)。よーーーーく見ると、裏口の左、緑色の屋根の横に立派なタワーが立っています。アンテナが切れているのが実に残念。

ICOMのIC-710と221があって、なんと従免・局免を持って行くとタダで貸してくれたんですね。710は100W機だったので電話級の中坊には触れず、221+タワー+スタックで「JL1KLK/1」をやっていました。今(1997年以降)はゲストオペで先方のコールになりますが、当時(40年前)はそのあたりは大らかで…。

あと「コールブック見放題」という特典(?)もあり。QSLをダイレクトで郵送するときに、リグの横にあるものをコッソリと拝読させて頂いたり…40年経っています、「時効」ということにさせてください!! (寄ってたかってみんなが見るのでボロボロになっていた)

そもそもこの東急ハンズ藤沢店、なんとハンズの1号店だったんですね。大好きだったなぁ。1976年11月開店で2006年の12月31日に閉店。ハムコーナーはそれに先立って撤収されてしまったようです。

当時は渋谷店の屋上にも信じられないほど立派なアンテナが立っていて、そこからもQRVしようと思って従免・局免を持って行きましたが、なにやらガラス貼りの別室になっていて、ビビッて帰って来たこともありました。

東京駅の大丸東京店も立派なBCLコーナーがあったし…いや、今回は完全なジジイの思い出話になってしまった。昭和50年代、そんな時代でした。

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