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BCL復活への道のり Archive

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第74回-BCL用ログと受信報告書

sada-log-1.jpg


前々回「韓国KBCからベリカードとか色々貰ったよ」というお話しを書きました。今回はその続き、というかタイミング的には遡って、そのためのログブックと受信報告書をどうしたか?です。

◆ログブック

ログはEXCELで、報告書はWORDで自作しました。ログについてはこちら↓のサイクルK2さんのEXCELデータをベースにさせて頂きましたが、かなりのカスタマイズをさせていただきました。

http://w2222.nsk.ne.jp/~kita1ym/BCLforms.html

1.まず色を「アドカラー風」にした
2.手書きをしやすいように行高さを大きく
3.項目を「アドカラー風」に調整…しつつも独自に再考

サイクルK2さんログをアレンジした、サダナリ版はこちら↓に置きました。

http://www.sadanari.com/blog_file/bcl_sada_logbook.xls

何回も「アドカラー風」が出てきますが(苦笑)、2009年にヤフオクで買った『BCLマニュアル』1976年版のp235に当時のアドカラーのBCLログが載っていて、「復活して使うならばこのデザインであろう」と。

しかしオトナ&21世紀の視点で見てみると、アドカラー版にも改良すべきがあり、結局3を行いました。もっとも小学生当時は大丸東京駅店で買った、非常にシンプルな日本BCL連盟(JLF:Japan BCL Federation)仕様のものを使っていたように記憶しますが。

◆受信報告書

さて受信報告書、こちらもサイクルK2さんのサイトにデータがありますが、結局、WORDで自作しました。これも前出の『BCLマニュアル』p227にアドカラー製の写真が出ているので、それを見ながら作成。日本語/英語兼用は挫折して、和英2式を作りました。英語表記は1970年代中盤のアドカラー社に準じています。

サダナリ版はこちらからダウンロード可能です(ご自由にお使い下さい)

日本語版
http://www.sadanari.com/blog_file/bcl_reception_report_jp.doc
英語版
http://www.sadanari.com/blog_file/bcl_reception_report_en.doc

◆パソコンか?手書きか?

確かに両方をExcelで作り、「ログが自動的に報告書になる!」なんてことも考えましたが、私のBCLログは山田耕嗣式というかなんというか、徹底的にゴッチャゴチャと欄外に書き込むタイプなので、パソコン管理はムリだなぁと。写真に撮るとこんな感じです。

sada-log-2.jpg

アップで見ると本当にアドカラー(笑)。これは人によって異なると思いますが、私の場合は、この欄外のゴチャゴチャが楽しい。電波伝搬情報の集約でもあり、番組内容のメモでもあり…。以上、ご参考になれば幸いです。

≪スペシャル・リンク≫
ログの元データをお借りしたMr.サイクルK2さんの「トリメンダス・ワールド」。
BCLカテゴリーの"シャックを創れ!"が泣けます!よくぞここまで!!
http://w2222.nsk.ne.jp/~kita1ym/

第72回-海外からベリカードが届いた!

ここのところ、3.5MHzがどうしたとか、21MHzの海外DXがどうしたとか、我ながら少々マンネリ気味だったので(苦笑)、今回は雰囲気をガラっと変えて久々にBCLについて。そもそもこのブログ「HAM & BCL」ではないか!

と言ってもおととし2010年の年末に書き忘れていた内容でありまして、最新情報ではなく恐縮なのですが…。

2010年の8月29日にソニーのスカイセンサー5950で韓国のKBSワールドラジオ…と言っても我々世代にはしっくり来ませんネ!「ラジオ韓国」の日本語放送を受信、受信報告書を送ってみました。ちなみに時間は17:00-18:00JST、7275kHzでSINPOは55545から53343でした。近接する6155kHzは35333くらいでBFでしたね。

8月31日に投函、ぜ~んぜん返信がなかったので、「いまどき受信報告書なんて無視されてしまうのかしら?」と思ったら、トンデモない!2カ月半後の11月12日に、こんな豪華セットが届きました。

KBS-1.jpg

まるで「KBSキット」(笑)。いまやこんな豪華な返信が来るんですね。左上の大きな封筒に、ノベルティとしてステッカーと栞、その右がKBSワールドのパンフレットと更に右が日本語放送のタイムテーブル、「肝心のベリカードは入っているのか?!」-左下の巨大な絵はがきがベリカードです。四半期ごとにデザインが変わる模様です。

さて、右下は何か? なんとKBS専用の日本語受信報告書です。拡大すると…

KBS-2.jpg

…こんな感じ。郵便書簡(ミニレター)式に綴じて切手を貼ればすぐに送れるようになっています。ベリカードの裏に手書きで「あなたのIDナンバーはXXXXです。どうぞよろしくお願い致します」と書いてあったので、「何をお願いされたんだろう?」と思ったら、この受信報告書にIDナンバーの記入欄があり。「報告者」として登録されてしまった模様です(笑)。

しかし、まぁ、すごいですね。こんなに豪華なキットが送られて来るとは。確かにここまでされると、気が向いたらまた報告してみようかとも思いますね(まだしていませんが…)。ずいぶん様変わりした、海外BCLのレスポンスでありました(注:以上は2010年第4四半期のもので現在の返信内容は不明です)。

「ログブックはどうした?」「受信報告書はどんな内容?」等々、21世紀のBCLテクについては次回以降で!

第45回-1970年代のベリカード

前回のつづき、1975年の暮れのこと、1968年製のソニーのご家庭用ラジオで「国内中波のベリカードを30枚集めたら、スカイセンサーを買ってやる」と父親から言われた小学4年生のサダナリ。わずか10歳にして「BCLをやりたいがためにBCLをやる」というシュールな状況に陥るが、幸いにもラジオの感度が非常に良く、それから1年半かかって…

Radio-QSL.jpg

このようなことになりました。枚数が多いので、一枚ずつのご紹介は難しく、日本列島風に並べて撮影しました。写真がイマイチですが…(苦笑)。

九州:RKB毎日放送、九州朝日放送、中国・四国:中国放送、山陽放送、西日本放送、高知放送、大阪:毎日放送、朝日放送、ラジオ大阪、東海・甲信越:中部日本放送、信越放送、新潟放送、山梨放送、静岡放送、関東:ニッポン放送、TBSラジオ、文化放送、ラジオ関東、東北・北海道:東北放送、札幌テレビ放送。

受信地は当時の実家、神奈川県逗子市です。ラジオは前回ご紹介したソニーのホームラジオ8F-38。トランジスタが何石だったかと回路方式は忘却の彼方…。

アンテナは1mmくらいの銅の単心線(町工場だった母親の実家から貰った配線材)を、平屋の部屋の天井に張り付けたもの。Φ2mmくらいのハリガネを、長さ10cmくらいに棒状に切って軒下に埋め(アース棒のつもり)、それも銅線で繋いで一応のアースにした記憶があります。そんなチャチなものでも、ラジオの電池ボックス内に飛び出していた外部アンテナ線とアース線に繋ぐと、グッと感度が上がりましたね。

受信時間は小学校から帰った16時頃から、母親が勤めから帰ってくる19時頃まで。イヤホン、ヘッドフォンは使わず、スピーカーで聴いていたように記憶します。鍵っ子には最高の趣味でしょう(苦笑・勉強しろよ…)。

えーと、上の写真、20局しかありません(苦笑)。実は「国内中波の」から少々軌道がハズレまして、こんなベリカードも…↓

QSL-TV.jpg

左上から時計回りに、旧・東京12チャンネル(現・テレビ東京)、テレビ神奈川、旧・NETテレビ(現・テレビ朝日)、日本テレビ。

これでも24局なのですが、まぁ、努力が認められたのか、ここまでで小6の夏になってしまったので、「そろそろ良いか」と思われたのか、以上で念願のスカイセンサー5950を買って貰いました。

いくら感度の良いラジオでも、20局も集めるとさすがに行き詰まり、「要は家にある装置でベリを集めろという命令だ」と拡大解釈。ノイズやゴーストの状況を細かく書いて、茶の間のテレビで受信したテレビ局のカードを貰ってしまった(笑)。
しかし今になってみると、12チャンとNETは局名が変わっているわ、NTVのカードはあの有名な夢に出てきそうなアニメの鳥(「鳩の休日」というそうです)だわで、むしろこちらの方が懐かしいやら、貴重やら…。

最初のカードは1976年2月の消印、最後のTVKは翌'77年6月。小学校4年から6年の約1年半、「受信報告書」という「書類」を書いたり、放送局に郵送したりして、オトナの世界に近づいたつもりでいたんだなぁ。

ウチは共稼ぎだったので、郵便物を取るのは私で、学校から帰って、ポストにカッコいいカードが入っていた時の嬉しさはまだ覚えています。BCLの本で見てデザインは知っていたので、「あぁ、アレのホンモノが来た!」と興奮したものです。

最後にオマケ。同世代ならばきっと懐かしい、「アド・カラー」のベリカードアルバム。今でもここに入っています。

album.jpg

それぞれの放送局の思い出などは次回以降に…。

第6回-BCL復活を誓うが…

shinagawa.jpg


さて、調整に調整を重ねたスカイセンサー5950で、いよいよ短波放送受信の日がやって来ました。「よし、今日から復活するぞ」と動いたのは、2009年の10月でした。

ところが! 私が最も熱心に海外の短波放送を聴いていた1978年頃は、特に外部アンテナを付けなくても、内蔵のロッドアンテナだけで、サンフランシスコのKGEIも、ロンドンのBBC(たしかシンガポール中継)も、ラジオ・オーストラリアも、時には南米やアフリカの局も、ガンガン入って来たのですが…まぁ~、今は全くダメですね。驚きました。

一番大きいのは建物。「マンションは電波が入りにくい」とは知っていましたが、窓から1メーター入っただけで、ここまで不感になるとは。いくらダイヤルを回しても、「このラジオ壊れてるんじゃないのか?」と思うくらいの無音状態が続きます。小中学校時代の実家は築数十年の木造だったので、電気的には外で聴いているのと同じだったのでしょう。
次にロケーション。'78年頃に住んでいた神奈川県逗子市は、相模湾と東京湾に挟まれた三浦半島の付け根にあり、海のそばでも山の上でもなく、どちらかと言えば「山あい」のような場所だと思っていた当時の実家も、それなりに電波状態が良かった模様です。
そしてもちろん、太陽黒点活動(サンスポットナンバー)の落ち込みや、都市雑音の影響もあります。いやー、同じラジオを買い直してみたけれど、周辺事情はこんなに変化していたのか。これじゃBCLも廃れるわけだ…。

結局、夕食後の22時ごろ、「ちょっとラジオ聴いて来るよ」と妻に告げ、5950とイスを持ってベランダへ。屋外湯沸器の上に5950を乗せて…と思ったら、高さが足りなかったので、旅行用のキャリケースを台替わりにして、ロッドアンテナを手すりの外に。そして7MHzや9MHzを聴いてみると…。

さすがはスカイセンサー5950! 今度は十分に入感します。ダイヤルを回しても延々と信号が入り続け、Sメーターが半分前後に振れ続ける。そう、これが正常な(?)短波帯です。「北京放送は中国国際放送局っていうのか。自由中国の声も台湾国際放送?どっちもSINPOオール5だ」、「おぉ、ベトナムの声も入る。SINPO44555くらいだな」と、感度の良さに驚くやら、放送局の変化に驚くやら。
実は私のマンションは、品川・天王洲の運河に面しており、ベランダの下は水面。9階建ての4階とはいうものの、内陸の建物よりは好条件なハズです。ベランダから突き出した月夜に光るロッドアンテナが、どれほど頼もしく見えたことか。

続けて-かつて最も得意だった-国内中波局の総チェックに挑戦。ネットで見つけた周波数表を、Excelで見やすく加工したものを手に、9kHzずつ手動でスキャンして行きます。こちらも中々の感度。北海道から鹿児島まで、全ての民放局が入感しました(中にはSINPO11111レベルのところもありましたが、とりあえず認識は可能)。
さすがにラジオ沖縄、琉球放送は入りませんでしたが(この2局は関東では明け方が狙い目です。15年前に逗子で受信しベリカードも受領)。

しかし、国内中波については私の「記憶の中の受信状態」に比べると、低下している印象。高校生時代の'80~'81年頃、大阪MBSの『ヤングタウン』や、ABCの『ヤングリクエスト』を、BCLとしてではなく、深夜放送ファン的にフツーに聴いていたのに。いまは信号も弱く雑音も多く、これではちょっと楽しめる感じではないなぁ。
そういえば、中学時代には毎晩21:50からの名古屋CBC『つボイノリオののりのりだぁー歌謡曲』も聴いていたぞ。そのCBCも雑音多し。ほかにも北海道の2局、HBCとSTVも、昔はものすごくクリアだった印象があるのに、いまはどちらもSINPO33222くらい。全体的にSが弱くノイズが多くてフェージングが強い。うーむ。このあたりが、電波状態悪化の一例なのだろうか…。

いいトシをした大人が、深夜のベランダに座り込んで、ラジオの感度と電波状態を確認した結果は、短波についてはいずれも良好! これからオトナのBCLを楽しむぞ! と思いましたが、問題が一点。10月頃ならまだ良いが、冬になったらどうするの? 雨や雪が降ったらどうするの? やっぱり外部アンテナと「シャック」が必要なのでは?…

一筋縄には行かない大きな問題を残して、季節は冬に。「冬眠」期間を経て、再復活(?)したのは今年の夏でした。以降、アンテナ選択やシャック構築の話に進みます。

(それでも10月から11月にかけて、何回か「スカイセンサー、キャリーケース、イス、ヘッドフォン、懐中電灯」の"ベランダ・ペディション・セット"で受信を楽しみました。妻には呆れられ、寒さと戦う辛い日々でした)

第5回-『BCLマニュアル』も買ってみた!

bclmanu.jpg


スカイセンサー5950"2号機"と同時に、故・山田耕嗣氏の名著『BCLマニュアル』も買ってみました。

『BCLマニュアル』は1975年、1978年、1980年の3回発刊されていますが、私が持っていたのは'75年版と'78年版。'78年版は子供ゴコロにも、「なんか内容が薄いな」と思ったので、最も重厚な'75年版をヤフオクで狙ってみました。
これも実家にはあるのですが…確か読みすぎてボロボロだったハズ。表紙はセロテープで留めたか、もうなくなっているか。本文部分も2つか3つにバラけて、まともに読める状態ではないと思います。

もっともいまから35年前の放送データなど役に立つわけもありませんが、なんというか、BCLの勘を取り戻すために読み直してみようと思いました。
ところが!! 同じことを考えているオトナが数多くいたようで、ヤフオク沸騰中! 過去のオークション履歴を見ると、1万円超の落札も珍しくはありません。まずは2,400円で入札し、最高価格に。「これはラッキーだったかな?」と思いきや、終了間際に高騰。結局7,250円で競り落としました(付録のISソノシートはナシ)。やれやれ。

「カビの臭いがします」との注意書きがあり、覚悟はしていましたが、まぁ、到着してみたらカビ臭いこと! ちょっと耐えられないレベルだったので、古書店サイトなどを参考に、割り箸を何本も挟み、消臭スプレーをして直射日光で日干しに。「日干し→陰干し」を繰り返して、数日がかりでやっとベッドの中で寝る前に読めるようになりました(笑)。

しかし、実に35年を経て読み直しても、やはり名著です。BCL、というか海外放送の歴史や背景にはじまり、各国の国際事情、業務無線の世界、等々。BCLを通り越して、無線通信界の全容を小学生にもわかる形で一冊の本にまとめた、という印象がします。

ちょっとマジメなことを書くと、私は結局、大学卒業後に電線メーカーに入社し、無線ではなく有線の光ファイバ通信を専門とし、世界中を仕事場として今日に至っていますが、通信のこと、海外のことについて、最も基本的なことはこの本から学んだように思えて来ました。
当時の子供たちが40代、50代になり、改めてBCLをやってみようという気運が高まっているのに、その伝道師だった山田耕嗣氏がなんとも微妙なタイミングで逝去されたというのは、実に残念です。

追伸-そういえば、この本の裏表紙のアドカラーの広告。応募券をハガキに貼って送ると、「BCLファンクラブ」なる組織(?)のプラスチック製会員証とBCLについての小冊子をくれたっけ。いわゆる「全員プレゼント(全プレ)」だったなぁ。あの会員証、もうないだろうなぁ…(ナミダが出るほど懐かしいのですが)。

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