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第258回-局免履歴で振り返る開局40周年

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おかげさまで2アマの従免が到着。晴れて「合格者」から「従事者」になりました。早速、電子申請システムで10、14MHzを追加申請。局免の有効期限などを眺めているうちに、こんなものを作ってしまいました。

kyokumen-rireki.gif

こまかくてすいません。1978年12月28日付(昭和53年の仕事納め)の開局から現在までの局免の状況です。色はJARLの門標と同じ。オレンジ:電話級&4級、青:3級、緑:2級。薄いグレーはうっかり失効期間、濃いグレーは完全QRT期間です。うーむ。こんな感じだったのか。

本人である私以外にはなんの感想もないと思いますが(苦笑)、私はそりゃもう感慨たっぷりですよ。

死ぬほど欲しかった、心から喜んだ最初の電話級免許状(TS-520Vで3.5~28MHz+TR-7500GRで2mFM。なんと開局時は15mの3エレHB9CVだった。80年にRJX-601で6m追加)ですが、5年経過後の1983年12月にあっけなく切れています。これは①高校を卒業して浪人してしまったこと、②中学・高校の5年間に富士山五号目移動から海外DXからコンテスト徹夜参戦まで、かなりのことをやってしまったこと、③高校後半からパンクスになってしまい無線よりも音楽がメインだったことなどが影響しています。しかも翌85年も二浪で無線どころではない!

ではなぜ二浪真っ最中の1985年9月に再開局しているか? これは「切れているコールサインが再割当てされるらしい」というウワサを聴いたからですね。1エリアでのJE1からの再割当て開始は85年9月でした。
さすがにあわてて代ゼミの帰りに巣鴨時代のJARLに。「相談窓口」のようなものがあり、私の隣には膨大な量のQSLカードとシャックの写真を手にしたご年配のOMが。OM氏、どうやら早々に再割当てされて人手に渡ってしまったらしく、「どうにかならないか!!」と涙ながらに懇願(ホントに泣いていた)。私と窓口の職員でヒソヒソと「涙流すくらいなら切らなきゃいいのにネ」(笑)。

さて、この時の免許が結構長く、いや、局免はいつも5年か(笑)、1986年の大学入学から1990年の電線メーカー入社まで生きています。
しかし「86年入学、90年卒業の都内私立大文系学生」なんてバブルの申し子みたいなもので(苦笑)。この頃はハムをやった記憶がまったくございません。他のことでとても忙しかったです(年に30回以上ライヴ行ったり、100本近く映画観たり…)。

入社1年目、最高で月に275時間残業していた90年末に一旦切れますが、91年から非常に健全な工場建設チームに入ったこともあり再開。しかも同じ課にいた1年上の先輩がハムだったということもあり、日曜日に2人でアキバに行きスタンダードのC-460を揃いで購入。千葉工場の研究所の屋上から430FMに出たりしたなぁ。手持ちなのに良く飛んだなぁ。

95年1月に晴れて丸の内の本社に異動。本社にはJA1、JF1の先輩部長さんがいらして、一緒にハムフェアに行ったり。96年にうっかり失効しますが、すぐに継続して2001年まで。ちなみにこの頃の局免は旧リグの保証の関係で「435MHz F3 10W」だけでした。
でもQRVしていたか?というとほとんどやっていませんでした。時はインターネット草創期。自分の「ホームページ」を作ってそちらで忙しかったんですね。モダンジャズ旧作の日本映画にも狂っていたしね。

ところが2000年10月から2度ほど転職。さらに2002年2月に会社を起業してハムどころでも、ホームページどころでもなくなった! 2001年8月から2009年11月まで過去最長のQRT期間に入ります。実はこの間、かなりコンディション良かったんだよなぁ(苦笑)。

ゼロ年代も後半になり、会社もソコソコ軌道に乗って、2009年に43歳で遅い結婚。そこでなぜか本格的に再開し、今に至っています。その「本格的に再開」の経緯はコチラに書きました。この頃になると、このブログが既に始まっています。

しかしこうやって見ると、JL1KLKがよく再割当てで人手に渡らなかったものだなぁと。最初の危機は90年代。ここはどうにか自ら繋いでいますが、2001年~2009年の8年間はどうだったんだろう? もしかして一度再割り当てされて戻って来たのか? オレ以外にもJL1KLKがいたのか?!(謎・でも心当たりのない昔のQSLは来ないです)。

さて…今の局免は2019年の11月まで。最後の1年弱で10、14MHzが追加され、またその次に継続されます。この次は…2024年の11月までか。1行5年なんでこの表、見やすいな(笑)。

その時は、えーと、59歳。翌年還暦かー。何をやっているのかなぁ…。

[ 2018/12/15 追記 ]
有名なこちらのページによるとJL1は1978年から79年にかけて交付されたあと、1989年に再交付されてその後は手つかずなんですね。1989年は上記の通り2回目の局免が生きてたのでセーフ。2001年から2009年は最初の7N4とJA1~JG1が再交付されていたそうです。今のペースだとJL1の三巡目は2025年前後かなぁ。


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Comments:16

JM1EKM URL 2018-12-14 (金) 21:31

凄いです!
切れている期間があるのに私より遙かに真面目に無線をされている気がします。
ちなみに私は一度も切っていませんが・・・。
復活してからは負けていないと思いますが。hi

JL1EEI URL 2018-12-15 (土) 07:44

40執念 違った40周年おめでとうございます。
きっちり結果も残されていて素晴らしいです。
私も記念イベントが何か出来ればと思っていますが・・・
またお会いしましょう。

サダナリヒロシ URL 2018-12-15 (土) 19:11

JM1EKMさま>
えーと、これ、大事なことを書き忘れていまして、1985年から2001年まで2、3、4回目の局免期間でのQSO数はたぶん10回前後ではないかと?!15年間で10回くらい。コールを切らしてはイケナイという危機感と、俺ハムなんだよなというアイデンティティのために局免を繋いでいた観があり、実際に「無線をしていた」わけではないのです。
ところが!2009年の復活から今日までの9年間で6400-QSO!最初の6年でDXCCも取ったし、3年の間に1200MHzで600-QSOとか「どうなってるの?!」と自分でもびっくりです(笑)。

サダナリヒロシ URL 2018-12-15 (土) 19:15

JL1EEIさま>
ありがとうございます。40周年記念事業(?)、年末ギリギリに滑り込みでどうにかなりました(笑)。「記念に1アマ」ならばもっとサマになったのですが、ためしに国試の問題を見ましたがまったくワケがワカリマセン?!
またぜひお会いしましょう。来年はいよいよ「アマチュア無線辰巳会」でしょうか?(と言い続けてもう3年…)

JN1VXT URL 2018-12-16 (日) 08:38

同じ世代のハム達は似たような感じではないですかね。
BCLブームで電波に目覚め、合法CB、アマチュア無線と辿り中高は無線に燃え
大学時代はおしゃれな趣味に没頭し、社会人になりたては忙しくて趣味どころ
ではないor人によってはバブリーな趣味へ。
一息ついた40代に思い出したようにカムバック。
カムバックしてみると同世代のオッサンハムがゴロゴロいる。
40代50代が若手と呼ばれるほど、中高生時代からそのまま30年シフトした 年齢構成に
驚きつつもQRT時代を埋める勢いで情熱を注いでしまう。

門標が「3アマ=青」が全然記憶にありません。
電話・電信級はオレンジのイメージだったので、私のQRT期間中の出来事だったのかも。

サダナリヒロシ URL 2018-12-17 (月) 12:44

JN1VXTさま>
大学時代にスキーやドライブに行く派だったか、インドア派だったかによって若干異なるかもしれません。 『私をスキーに連れてって』が二浪を経た大学2年の11月公開ですが、まだ携帯がTZ-802という「片手で持てる弁当箱」の時代だったのであの頃にハムの免許持ってるとまさに映画の通りだったかもしれません、が、私は徹底的なインドア派でライヴハウスと名画座に入り浸っていたので…。
30代は忙しかったですね。ネットバブル、ITバブルもあってともかく仕事仕事で。今はまさに大人の経済力と判断力、実行力でハムを「取り戻している」というところでしょうか。前者2つ、「経済力と判断力」については少々怪しいですが(苦笑・技術力はさらに怪しい)。
私も青い門標は町中で見たことがありません。電信~3アマの人は貼らなかったのか?オレンジか黄色かだったと思います。あとはSWLの白。まだ持ってますよ(笑)。

海太郎 JF1AKJ URL 2018-12-19 (水) 18:08

歴史を感じますね・・
一度失効しました・・7N3を頂いて、その後、旧コールが使われていないのを確認して、「現在のコールサイン」=初めての局免
細く長くが、丁度いいようですね。年末・年始も、熱燗やりながら、楽しみます。

サダナリヒロシ URL 2018-12-19 (水) 20:06

JF1AKJ/海太郎さま>
オリジナルコールの復活おめでとうございます。リンク先のページを見ていると色々なことがわかりまして…。JM1が人手にわたり、数年後に取り戻した知人がいまして、1989年に再交付されて実に25年後の2014年に取り戻したそうです。二代目も5回更新とかなりがんばったようで(苦笑)。
ともあれ、簡単な手続きでコールの継続は可能なので、もう今後は切りたくはないところ。このあとはのんびり続けたいと思います。さて、二アマの局免は仕事納めに間に合うのか?なんだか開局時によく似た状況に(笑)。

JK1XUI URL 2018-12-23 (日) 13:49

こんにちは
二アマ合格おめでとうございます。素晴らしい!!
平成31年(平成最後)の免許証を狙うかと思いましたが、待ちきれませんよね。(笑)
年表が判りやすいです。
私は、初開局後5年で辞めてしまい失効、当時は復活は認められていませんでした。
その後は、他の方に引き継がれていましたが、いつの間にか廃局していたので、コールサインを取り戻せましたよ
空でお会いできるのを楽しみにしております。

サダナリヒロシ URL 2018-12-24 (月) 19:02

JK1XUIさま>
ありがとうございます。平成うんぬんよりも自分自身の「開局40年」の方が思い入れが強く(笑)、「最後の最後に滑り込みで間に合ったなぁ」という気持ちです。さて、局免がどうなるか?…(本当に40年前と同じ発行日で来るかも!)
再割り当てコールを取り戻した方は少なくないですね。本当に、欲しい人のところに戻ってくるのが一番だと思います。来年以降はデジタル系も進出の予定です。ぜひともお空でお会いしましょう!

JK1MOP URL 2018-12-27 (木) 18:34

こんにちは、初代JL1KLKさま。

>「どうにかならないか!!」と涙ながらに懇願・・・・
ほんとうに日本はコールサイン不足、それで泣いた人、多かったようですね。再割り当ての人が再免許を受けないことを祈るしかありませんが、再割り当ての人にとっても愛着あるコールサインなわけで。
昔も今も、総通としては、コールサインで局の識別ができればいいので、個人的な愛着までは考えていません。やはり、切らさないようにするべきです。

サダナリヒロシ URL 2018-12-28 (金) 10:16

JK1MOPさま>
よくぞそこにお気づきになった!そうなんですよ。ここはもうひとつ別の見方も必要で、再割り当ての人にとってはそれが二代目か三代目かなんて関係なく、待ちに待った憧れのハムのコールサインなんですよね。たまたま生まれたのが遅かったり、ハムに興味を持ったのが最近だったりしただけでハムになりたい、コールサインが欲しいという気持ちやコールが来た時の嬉しさは我々が開局した時と何ら変わらないはずです。
そう考えると「取られた」とか、「再割り当ては良くない」というのも変な話で、あくまで制度のひとつとして割り切るべきなのでしょう。実際にアメリカのヴァニティコールなどは希望者ごとの再割り当て制で、人気のあるコールは取り合いになっているほどですので。
ともかくコールサインについては、切らさないこと=ハムを地道に続けて行くことしかないという話に落ち着くのですが…。

JH1JDI/Saori URL 2019-01-20 (日) 11:33

こんにちは。ご無沙汰しております。

2アマ合格おめでとうございます! 私の場合は、3アマを取ってCWを始めたら
CWが予想外にオモシロイことに気付き、「SSBでは出られない」10MHzに興味が
湧いてきたので、2アマを取ろうと一念発起した流れでした。

最近、CONDXも良くなく、アパマンの弱小設備なので、あまりお空のほうにも
出ていなかったりして、テキトーに運用しています。HFは7/10MHzメインで、
その次に3,5/18MHzあたりに出ています。是非定成さんとも、30mbのCWでお会い
できれば、と思っています。

あと、私の場合は、1990年の夏に4アマを取ったものの、当時は中学生だったので、
開局する資金は全くなく、2012年7月にJH1JDIで開局したクチです。このコールサインは
私で3人目だそうです。(笑)

サダナリヒロシ URL 2019-01-21 (月) 20:30

JH1JDI/Saoriさま>
コメントありがとうございました。お元気ででしょうか?CQ誌の記事を拝見致しました。

実は実は年末に局免がおりたものの10、14MHzにはまだQRVしておりません。コンディションが悪くて何も聴こえなかったり、仕事が忙しくてシャックに入る時間がなかったり…という1カ月でありました。
30mはたまーにワッチしておりますが、国内QSOがそこそこ聴こえています。アパマン同士ということになりますが(繋がるのだろうか?!)、いずれお相手下さい。

従免は1990年だったのですね。2012年開局とのことですが、その後の資格取得とQRVの成果が凄いですね!CWをキッチリ習得すると世界が変わりますね。私もがんばらねば。

JH1JDI/Saori URL 2019-01-21 (月) 23:30

定成さんのお宅とは、V/Uは難しそうなので、HFの極近距離の電離層反射通信狙いになるかな、とみています。
7MHzや10MHzでは、日中に極近距離とのパスがよく開ける時間帯が結構あります。交信できるかどうかは、
むしろお互いのタイミングですね(笑)

CQ誌上の記事、なんだか恥ずかしいですね。。。2013年7月号にJD1での長期滞在型移動運用に関する記事を
載せていただいてから、ご縁が続いて現在に至ります。今月2019年2月号はCWの練習方法の記事を担当させて
いただきました。資格関連の記事は、2016年7月号の1総通の取り方と、2018年2月号の2アマ取得大作戦が主だった
ところで、後者の中で、いつ何を取って、というのを小ネタとしてまとめています。

まさにおっしゃる通りで、CWで自由に交信ができるようになると、多少飽きがきても、すぐにまたアクティビティーが
上がってきたりして、CWとは不思議なものだな、と思っています。お互いに、長く楽しんでいけると良いですよね!

サダナリヒロシ URL 2019-01-28 (月) 23:15

JH1JDI/Saoriさま>
返信遅れて失礼致しました。まさかのトップバンドQRVでバタバタしておりました。
http://jl1klk.blog51.fc2.com/blog-entry-268.html
1総通と2アマ取得どちらも拝見しております。文系だったですよね?一通はジンセイの最終的な目標ではありますが、高校くらいの数学からやりなおさなければ(笑)。

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